2025-05-19
福福通信
【令和七年 皐月十九日】 〜八幡の流れ橋、風のまにまに〜

おおきに、おこしやす。 皐月も半ばを過ぎ、琵琶湖疏水の流れにも初夏の光が踊るようになってまいりました。点心処「福」の仕込み場にも、日差しがまぶしく、扉を開け放てば、青葉の香りがふわり。今日は、ちょっとだけお仕事の手を休めて、八幡の「流れ橋」まで足を伸ばしてまいりました。 ほんまに、不思議な橋どす。 名は「上津屋橋(こうづやばし)」やけれども、みな「流れ橋」と呼んではります。木津川にかかる長い長い木の橋で、増水すると橋板が流されるようにできてるんどすえ。壊れたんやのうて、流される。自然と喧嘩せんよう、橋が自分から身を引く…そんなはかない知恵が詰まった橋なんどす。 点乃が立ったその橋の上、三百五十メートルほども続く木の道が、まるで映画の中の景色みたいで。遠くでヒバリが鳴いて、川の風が着物の袖をくすぐってくる。ほんに、夢のような時間どした。聞けば、時代劇の撮影にもよう使われてるんやとか。黄門様も将軍様も、この橋を渡ったことがあるかもしれへんと思うと、ちょっとだけ背筋がしゃんとしましたわ。 それにしても、何度も流されては、また元通りになる橋…。なんや、人の心に似てるようにも思えました。大きな流れにのまれたり、つらい出来事にくじけそうになったりしても、また立ち直る強さ。点心作りもそうどす。試作を重ねて、失敗して、また工夫して。あきらめへんことが、ええ味につながるんやなぁと、橋の上で思い返しました。 川べりには、まだ少しばかり残ってる春の花が、風に揺れてました。桜の葉は濃ゆうなって、足元にはツツジがちらほら。雨あがりやったさかい、花びらには水滴が光ってて、それがまた美しかったんどす。 そしてこの日、点乃が胸に浮かんだ一句… 雨の香に 咲いては濡れる 薔薇の色 映す三刻 滴に込めて 橋のたもとに咲く薔薇を見ながら、三刻(約六時間)にわたる撮影を思い出して詠みましたんえ。お天気はぐずつき気味やったけれど、そのぶん風景も色濃うて、撮れた映像もきっと、良い仕上がりになると思います。 橋を後にして、帰り道。心に染みるのは、やっぱり「続けること」の尊さどすな。点心作りも、お客様に届ける想いも、毎日が同じようで、同じやあらへん。ほんの少しずつ、積み重ねて、深うなっていく。それはまるで、この流れ橋が年月の中で育んできた、八幡の風景そのものやと思いました。 ほなまた、工房に戻って、明日からもひとつひとつ、心を込めて仕込んでまいりますえ。八幡の風と橋の記憶を、点心の中に忍ばせながら…。 またお会いしましょな。 ほんに、おおきに。 ― 点乃 拝
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